暗渠になった「緑川」 上流編
前回下流編をまとめて、上流編の予定はないと言いましたが、1週間でたどりました。
緑川の説明は前回記事に書いたので省略します。
今回は中央線から北側です。
記事は下流から進めていきますが、写真の一部が上流側から撮影しています。

辿ってみた

d0224990_18381676.jpg前回も掲載しましたが、緑川の地図です。現在は全行程で暗渠になっているため水を見ることはできません。

d0224990_17095432.jpg

「緑川通り」として東西へ通じます。途中の東橋交差点までは片側1車線で中央分離帯に駐車場がある仕組みの道路です。
この道は東側で大通りと接続してなくて、さらに一方通行で中央線の南に抜けられないためか、車通りは少ないです。

見た感じだと、緑川はこの道の中央分離帯の部分を流れているようです。d0224990_17141810.jpg分離帯の道路が通じる部分に橋の名残がありました。
橋の名前は暁橋。
当時ここに川があったのがはっきりとわかる貴重な遺産ですね。

d0224990_17173952.jpg

緑川通りは東橋交差点にぶつかります。この交差点は日野橋方面から来る立川通りとぶつかる複雑な交差点で交通量もかなり多いです。
交差点の名前でもピンと来るかもしれませんが、ここにも橋があったようです。いまはその姿を見ることができません。
この交通量からはここに川が流れていたことも想像がつきません。
緑川通りはそのまま西へ通ります。道路は片側3車線の大きな道となります。
d0224990_17212283.jpg


曙橋交差点です。また橋の名前です。ただし、ここにも橋など見つかりません。
この辺りは立川駅のもっとも発展しているところで、この緑川通りも大動脈となっています。
曙は正確にはd0224990_17383186.jpg
d0224990_17225503.jpg
伊勢丹の裏辺り。
当時は緑川の始点でもあったり陸軍の基地もあったことから、軍の町としても栄えた立川。いまやその跡地も利用してIKEAがオープン。来年にはららぽーともできるようで、多摩地区の中心部として急速に発展を遂げています。
行政面でも東京地方裁判所の支部が移転し立川支部となったり、消防庁のハイパレーレスキュー部隊があったりとまさに中心都市です。


d0224990_17281595.jpg

ノルテの横。ここで北側に向きを変えていたようです。

d0224990_17360626.jpg

そして流れはいまの昭和記念公園へ。昔は陸軍の立川飛行場がありました。戦争が終わり米軍のものとなりましたが、返還され昭和記念公園や自衛隊基地、民間へと変わっていきました。砂川闘争とかは有名ですよね(北の地区ですが)。
当時の航空写真を見ても緑川はこの昭和記念公園のあけぼの口かその北側が始点だったようです。

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by yunomi-chawan | 2014-11-24 17:39 | 散策


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